2007.12.06 Thu(12:45)
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世の中には「正しくあれ」という意見が多いですが、本当に「正しいこと」を正しく行えている場合の率はどれだけ多いんでしょうか。本当に「正しいこと」とは何か、それを判っている人がどれだけいるのか。
また余計なことを考えて眠れない夜をやり過ごしているまやです。
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そもそも、「正しいこと」というのはだいたいが理想論であって、それを現実に行うには現状とのギャップが大きすぎる場合、非常に困難だったりします。
周りがそれを正しいという意識があっても、リアルじゃないよねと思えば、その行為は正しいと認められないことだってあります。
そうすると、その行為自体が否定されてしまい、「正しいこと」の実践とはならないわけです。
それに、「正しいことっていったいなんだろう?」というところまで戻れば、さらにその「正しいこと」を選び出すこと自体が困難になります。
そして、やっと見つけ出した「正しいこと」を表現するための語彙の抽出も難しくなり、しまいには逃げの安楽を求めて「どうでもいい」という結論になってしまうことだってあります。
アバウトとかグレーゾーンとか、そういうやや抽象的なものも含めてはっきりしない結論「のようなもの」は、比較的簡単です。
でも、「正しいこと」をしっかり訴えられるという技術も、特に仕事(職業)の面で言えば重要です。
■たくさんの主観の中の「正しいこと」
世間一般の多様性を増す主観すべてから見て「正しい」と思えることというのは、実はとても少なくなってきていると思います。
ですが、物事の方針を定める段階では「多分」これが「正しい」ん「じゃないかな」ということでは、目標設定がぐらつきます。
特に、集団で「良かれ」と思って決議する際は、その羅針盤はその集団での「正しい」と思われることが基本にならざるを得ません。
個人の思う「正しいこと」と、集団の設定する「正しいこと」が、必ずしもいつも同じになるとは言い切れないのですが、そこはどこで折り合いをつけるかという問題。
そして、その集団の決めた羅針盤として今度は「正しいこと」を「正しく」行える努力をどう図っていくべきかを模索していくことになります。
■正しくないことは楽な道でも
間違うための術も方向性も無限にあって、それを反面教師にした、力の弱いアバウトなグレーゾーンがあります。
それらは比較的簡単な選択であり、道のりもさほどのものではないでしょう。
堕落・凋落はさほどの労力はなくとも誰にでも用意されたものです。
でも、「正しいこと」というのはそれを許さないことであり、「正しいこと」が頭の中にだけでもあるのなら、そのwrong wayを選択する際に迷いや罪悪感が生まれるでしょう。
「正しいこと」は、道の選択についても困難な条件を突きつけてきます。
だからといって、アナタは「正しいこと」をないがしろにできるでしょうか。
「正しいこと」を知らないことのほうがいいといっているのではありません。
それに、「正しいこと」という選択肢は、実はいつも表に出ているかどうかは別にして、物心の十分ついた皆さんの頭の中に元々あるものだと思うのです。
そして、それがいつもアナタを悩ませるのですけれど。
ただし、逃げていてはいつまでも「正しいこと」にたどり着けませんし、設定したい目標もいつまでも定まらないことになります。
問題は、「気づき」にあるのではないか、と今は思っています。
■正しい羅針盤を作ろう
難しいことでも選択して正しい方向へ自分を導いていくこと、それが、次からの自分の「正しいこと」への羅針盤を形成しやすくもなると思うんです。
脳内のシナプスの作り方と同様、困難に打ち勝ち新しい道を見出すことは、ヒトにとって大切なこと。
すべての生き物にとって大切な、生きる術のひとつ。
正しいことは、難しいことであり、難しいと思わせることである場合も多いでしょう。
でも、負けずに何度でも向かっていってほしいと思います。
それが、アナタの進化の過程のひとつだから。
(2007.11.29記:本記事は不要になった古い記事を差し替えたものです。書き換え前の記事を探すなら、移動先のB面Side*Fにてお願いします☆)
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